中世史を逍遥

 ―伝統文化といわれるものの大半は、中世寺社に起源を持つ。能の創始者の観世は興福寺から出た。生け花は延暦寺末寺の池坊六角堂で始まった。茶道・作庭など寺社は日本文化の発信基地であった。(中略)今日も生きている寺社文化のナンバーワン、それは「日本語」である。都市・未来・上品・大衆・商人・観念・・、ごく普通に使われているこれら日常語は全部仏典から来ている。-
 上の引用文は、08年に読んだ伊藤正敏著「寺社勢力の中世」に記された一節である。三矢が、歴史分野の書籍なかでも中世に焦点を合わせて読みだしたのは、この十年くらいのことだろうか。50歳半ばころより、郷土史に関わる知見を少しづつ蓄えるうちに、「承久の乱とは?」一向一揆での「百姓の持ちたるような国とは?」など、その時代背景をもっと深く知りたいという思いが募っていたようだ。
 新書タイプや学術文庫に歴史ジャンルが豊富に揃い、また、近辺に大型書店が建って棚のスペースが広い分、直に手に取る機会が増えたことで、手軽に歴史分野の専門書が入手出来るようになったのも一因であろう。
 「刀狩り」(藤木久志著)では、まず、*すでに早くかの秀吉の刀狩等をへて、いまや徳川時代の農民は全く武器を没収せられ・・*など堀田善衛(小説家)や羽仁五郎(歴史家)の一般的通念ともいえる認識を紹介。その直後に*天草一揆(1638)で没収されていた百姓の鉄砲324挺、刀・脇指1450腰、弓鑓少々・・*との、上記歴史通念とは正反対の史実を示す。
 岩波新書のこの一冊は、それまで一般教養的にランダムに手にしていた彼の歴史書の読み方に、一つの軸を通してくれたようだ。同じ05年に、放送大学の教授でもある五味文彦の「中世文化の美と力」を手にしている。歴史と美術と両面からの興味で楽しめたこの冊子は、中央公論社から「日本の中世」として刊行された全12巻本の中の一冊だった。このシリーズは、他にも「分裂する王権と社会」(村井章介著)や「戦国乱世を生きる力」(神田千里著)を購入している。
 05年以降の読書メモより、歴史ジャンルの書名を抜き出してみると89冊あり、この十年間の読書冊数比では14%弱、学術的な内容のものが多いので、時間的な比率では17~18%くらいか。その中で「中世」もしくは「戦国」という語が標題に入るものが三割強の33冊に及んでいる。また、これら89冊のうち読み応えありのマークが27冊、特に印象に残ったとアンダーラインを付したもの13冊と、他分野の本と比べ格段に確率が高いことが判かる。
 最寄りの喫茶店で、一杯のカフェラテやカプチーノを飲みながら、これらの本のページをくる小一時間が、三矢にとって充足感にひたれるひとときでもあるのだ。
 *戦国期に主力決戦や殲滅戦の事例は少なく、敵方の武将を味方につける「調略」の積み重ねによって勝利することが一般的であった。* 呉座勇一著「戦争の日本史」の一節だ。TVや映画での時代劇で、壮烈な戦闘場面を焼きつけられていると、武力で優位に立つものだと思い込みがちだが、いつの世でも多数を味方につけることこそ戦いを制する要諦と納得。
 ベストセラーとなった井沢元彦著「逆説の日本史」も数冊手にしているが、中世混沌編中、一向一揆についての考察では、農民戦争などと分析する教科書の記述に対し、*それ迄支配者として君臨していた守護を排斥できたのは「国王・貴族といえども阿弥陀のもとでは一人の凡夫(平凡な人間)に過ぎない」という強烈な平等思想だ*と断定。*一向一揆という「民衆蜂起」は特筆大書され、前田利家という「封建領主」は無視されるというこの一点を見てもマルクス史学というものが、いかにくだらないか・・*と痛烈な批判を展開している。
 中世後期の民衆が日常育んでいた生活・生産と直結する「意識」の問題を明らかにしたいと編まれた横井清著「中世民衆の生活文化」(上)では、*周知のように宮座(さらには講)を契機とし環境として成立する「寄合」は村落生活上の諸問題を自治的に協議、決定し、実現する場・・*と記す。これは、昭和40年代まで機能していた農村集落での「寄合」の淵源が、中世にまで遡れることを示してもいる。
 漠然とした疑問や、なんとなく腑に落ちなかった事柄が、ランダムに手にした書籍の中で「これだったか・」という感じで、その手掛かりや答えを見い出した時、ミステリー小説での謎解きにも似た快感を覚え、こたえられぬ。
 諸国大田文の具体例をあげながら、石井進「日本中世国家史の研究」では、*律令国家権力がある程度は分解しつつも、なお地方行政機関としての国衙の機能はかなり強固に残存していた。鎌倉幕府は公家政権から移譲された国衙機構支配権を大きなよりどころとして、成長・展開していった。*
 現代の法治国家での、選挙で多数を制すると官僚機構はそれに従うというような慣例がない中世。鎌倉政権の全国的な支配実態を、ある程度明らかにする労作で益すること大だった。
 散歩の途次に目にした草花や光景を記すがごとく、短い文節の引用を重ねてみたが、これらの書籍の内容はそう端的に要約できるものではないことは言わずもがな。このほか、速水融著「歴史人口学で見た日本」、末木文美士著「中世の神と仏」、網野善彦の名著「無縁・公界・楽」、河内祥輔著「頼朝がひらいた中世」など、独自の視点からの著作で、それぞれに楽しめた。
 さらには、中橋大道著「中世加賀『希有事也』の光景」、栗原仲道編「廻国雑記 旅と歌」らを、郷土史的な関心から興味深く読んでいる。

(‘15・9・6作成)