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書籍で拡がる絵画鑑賞 -10年間の読書メモよりー

 絵画を主題にした書籍といっても、その視点は多様で読みだすとキリがない。‘05年以降の読書メモより、これに類するタイトルを抜き出してみると、その年により多寡はあるが通算で79冊になった。数量的な比率では10%くらいだが内容は概して軽いものが多いので、私の読書時間の中では7~8%くらいの位置だろう。
 まず、画家やその作品への関心が、こうした書籍へ目が向く最初の動機と言える。「スペイン・ゴヤへの旅」(中丸明著)、「フェルメールの世界」(小林頼子著)、「ゴッホーこの世の旅人―」(A/Jルービン著)、「ポール・ゴ―ガン」(ヴァルター著)、「ロート・レック」(M・アーノルド著)、「レオナルド・ダ・ヴィンチ」(田中英道著)、「ミレーの生涯」(A・サンスイエ著)など欧州画家の伝記的著作が挙げられる。* 岩を荒地と思わぬ感情。自然を人間と対立するものではないと考える精神。それこそがレオナルドの自然描写をして東洋の山水画に近いと感じせしめる原因でもある。*これは、上記「レオナルド・ダ・ヴィンチ」の中の「岩窟の聖母」に触れた文節だが、作品そのものと対話しながら、なおかつ、北宗時代の郭煕と対比するなど、単なる伝記的な記述を超えた田中氏の著作は印象深かった。
 日本の画家では、「画狂人北斎」(瀬木慎一著)、「岩佐又兵衛」(辻惟雄著)、「河鍋暁斉」(J・コンドル著)、「北斎万華鏡」(中村英樹著)、「高橋由一」(古田亮著)、「写楽」(中野三敏著)等々。江戸時代の画家に関心が向いているが、蔵書の中でも幾度も読み返している一冊「北斎万華鏡」は、K氏とマリオンの対話という形式で文章が綴られ、「富嶽三十六景 神奈川沖裏」を例に、* 描写された事物が何なのかよりも、むしろ描き手と外界とのかかわり方が、絵から読み取られるべきだ* とし、* 遠くかけ離れた両者を一つにするところに風景と〈関係〉する見る主体の強靭な構造がある* と中村氏は北斎を評する。
 歴史的な視点では、「現代絵画入門」(山梨俊夫著)、「絵画の二十世紀」(前田英樹著)、「フランス絵画の『近代』」(鈴木杜幾子著)、「近代美術の巨匠たち」(高階秀彌著)、「世紀末画廊」(渋澤龍彦著)、「日本近代美術の魅力」(金原宏行著)、「日本洋画の曙光」(平福百穂著)、「中世の秋の画家たち」(堀越孝一著)、「西洋近代絵画の見方・学び方」(木村三郎著)、「中国絵画入門」(宇佐美文雄著)などがある。この手の著作では、作品や作家登場の時代的な背景やその位置づけなどが分かり「なるほど・」と納得がいく。その反面、次々と作家名が入れ替わり、通覧的になるゆえ、概して記憶に残りにくいきらいがある。
 「絵画の二十世紀」は、* 写真の登場によって、二十世紀の画家たちは、物を見た目そっくりに描くことを超えて、絵画の新たな役割・手法を模索する* その代表例としてマチス・ピカソ・ルオー・ジャコメッティを取り上げ、個々の作品にそって前田氏は分析を試みている。歴史的といえば、「ビゴー日本素描集」、「絵で見る幕末日本」(アンベール著)、「ワーグマン日本素描集」(清水勲編)などは、江戸から明治への激動期に、当時日本に居住していた外国人が目にした絵画による記録であり、その客観性と合わせ興味をそそられた。
 作品の特定ジャンル別の著作では、「江戸の花鳥画」(今橋理子著)、「日本の自画像」(桑原住雄著)、「描かれた女たち」(塩川京子著)、「江戸俳画紀行」(磯部勝著)、「漫画言論」(四方田犬彦著)、「マンガは哲学する」(永井均著)、「浮世絵カラー版」(大久保純一著)、「名画とファッション」(深井晃子著)などがある。とくに、「江戸の花鳥画」は、歌川広重や酒井抱一の図版を多数例示しながら、* 抱一や広重の活躍した19世紀の江戸においてもまた、「博物学」という「知」の体系が、実は驚くほど成熟し、すすんでいた* との新しい視点を提示し、印象深かった。
 絵画の愉しみ方というか、観賞法的な著作では、「絵画の揺り藍」(A・ワルノー著)、「芸術力の磨き方」(林望著)、「日本美術の心とかたち」(加藤周一著)、「日本美術 傑作の見方・感じ方」(田中英道著)、「謎とき広重『江戸百』」(原信田実著)、「絵画について」(デイドロ著)、「フェルメール全点踏破の旅」(朽木ゆり子著)、「謎とき洛中洛外図」(黒田日出男著)、「絵画の向こう側」(中村隆夫著)など、それぞれに特異な視点からの画評を愉しみつつ、鑑賞の仕方の幅を広げている。
 画家自身もしくはその親族の手になる「ノアノア」(ポール・ゴーギャン著)、「泉に聴く」(東山魁夷著)、「岸田劉生随筆集」(酒井忠康編)、「女」(山本容子画文)、「麗子と麗子像」(岸田夏子著)、「似顔絵物語」(和田誠著)、「顔ブレ」(大岡立似顔絵集)、「挿絵画家・中一弥」、「絵のある人生」(安野光雅著)、「ちひろ美術館ものがたり」(松本由理子著)など、自伝もしくはエッセイとして、舞台裏をのぞくような気分が味わえる。中でも、文明の汚濁から逃れようとタヒチに渡ったゴーギャン。そこで、* かって、私はわざわざ事をやっかいにしていた・・ところが、見たそのままを描くことはじつに簡単なことであった。カンバスのうえにたいした計算もなしに、ひとつの赤を、ひとつの青を置くことは!* と開眼。現地の若い娘テウラと生活を共にする中から、生命の根源に迫るかの絵を産みだした。
 書店や図書館の陳列棚から、その時々の関心で選び出した著作物。そんな脈絡のない行為の集積とは言え、このように抜粋整理してみると、見えて来るものがある。すなわち、7~8時間費やして、一冊の本を私が読み続けるのは、上にいくつか引用したような文節に出会える愉しさに支えられているからなのだろう。

                    (‘14・12・26作)


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