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中川一政館を訪ねる

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 遠出がおっくうになる冬期、近隣にある美術館や博物館をたずねてしばし俗事を離れるのが、近年私にとって恒例化。なかでも、中川一政記念美術館(白山市旭町)は最寄りとあって、足が向きやすい。先般も平日、他の来館者がいない館内をこころのおもむくまま作品を鑑賞。その時の印象をメモを手がかりに綴ってみよう。
 小品中心の第二室にある「スペイン文筥と白椿」が、幾たび訪れても心に喰い込んでくる。岩彩を薄くぬり、一見荒っぽい筆使いの絵だが、朱の文筥とバックに塗られた暗緑色が互いに調和、一輪の椿の白い花がポイントとなって全体を引き締めている。(陶板の写真参照)歪んだ形状の小筥、そのエキゾチックな絵模様の細部もほとんど描いてないが、少し離れて作品を眺めると、配色・構図とも心憎いばかりにピタリと決まっている。 ―作品に接した瞬間の共鳴感というか、すっと心が吸い寄せられる状況を言葉に表すと、もどかしいくらい冗長なものになってしまう。― 同種のモチーフを扱った作品として、「支那文筥」も同じ部屋にある。
 マジョリカ壺に赤い椿を挿した「椿」は、画面一杯に広がる椿の小枝が頭でっかち気味で不安定な構図なのだが、右下に配したクロス(十字)型のサインが巧みに重心を下げて、心理的な平衡を与えてくれる。一見無造作に見えて、すごく計算された絵と評せよう。否、むしろもう構図などを意識せずとも、永年の経験から自然に描かれた結果なのかもしれぬ・。
 マジョリカ壺は油彩の「向日葵」でも描かれているが、氏の著作の中から『マジョリカ壺はコレクションではなく実用品だ。花瓶には伊賀や備前など日本の陶器よりどうも西洋くさいものの方がうつるようだ。マジョリカは南国的で陽気で暖かみがある。少しラフな方がいい。』との抜粋文が紹介されていたが、―少しラフな方がいい-というところが、氏の画風ともマッチしているようだ。
 朱色の鯛と灰青色の鰺を配した「魚」など、暖色と寒色の対比で互いのモチーフを引き立たせる色彩感覚も氏独特というか、絵の味になっている。
 展示品の半ばを占める書も、絵と同じ不器用さが味わいとなっている。柿本人麿などの万葉歌を配した「六曲屏風」(97才)や「萬劫年経る・・」(86才)などの梁塵秘抄もの、あるいは「汝は帝王なり独り生きよ」(プーシキン)など大正ロマン期に青年期を過ごした氏の嗜好がうかがえるようでおもしろい。
 昭和61年(1986)10月10日、松任市の市制施行記念日を選んで、中川家からの寄贈作品を主体にこの記念館が開館。私が当時在籍していた日硬(現ニッコー株)社長三谷進三がその陰で尽力したなどの縁もあって、この4半世紀、4~5年に一回くらいの割でこの館を訪れているが、その都度新しい発見というか興味が見出せて楽しめる場所だ。
 (‘13-1-27記)


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